旧国はいつ廃止されたのか? ―旧国の役割の変遷―
日本国内は「かつて」東北から九州まで68の「国」に分かれていました。「
かつてはこの「国」(旧国、
では、旧国はいつ廃止されたのでしょうか?
実際には旧国は廃止されたものではなく、現在も有効な地名なのです。
ここでは旧国の成り立ちから現在に至るまでの変遷を追い、政治体制の管轄区域から地名としての役割への変化、そしてその地名としての役割が都道府県に代わる過程を見ていきます。
目次
なお、旧国のあらましと分類については次のページをご覧ください。
旧国名の由来および利用シーンについては次のページをご覧ください。
※以下、近世以前の記載では旧国の「旧」を省略し、近代以降の記載では「旧国」と記載します。
国の成立
国はいつ成立したのでしょうか?
国は
国の領域
国の領域は
ちなみに国の領域は、当時の大和朝廷の支配が及ぶ東北地方南部から九州地方までの範囲でした。当初朝廷の支配は及ばなかった東北地方北部まで国(
地方行政機関としての国
国は律令制下では地方行政機関として機能しました。国の下には複数の郡が設置されました。中央の朝廷から地方長官である
各国には国司や行政官が執務する「
このように律令制が機能している時代は、国は地方行政機関であり、同時に国という地方行政機関の政治体制の管轄単位を指す言葉でもありました。
律令制の崩壊と国の地名化
国は時代とともにどのように変わっていったのでしょうか?
時代が下ると徐々に律令制が形骸化し、それとともに国の役割が変化していきました。
行政機関としての国の役割の変質
その後も国司の任命は継続されましたが、国衙は国を管轄する公的な地方行政機関としての性格から、
それとは別に新たに開発された土地は私有が認められたため新田開発が盛んになり、それが
政治体制の管轄単位の分離と国の地名化
さらに時代が下り武士の時代になり、鎌倉幕府は国単位で
国司はその後も任官は続けられましたが、守護に権限を奪われたために実効権限はなく、名目上の存在へと変化していきました。一方で時代が下ると朝廷から任命された正式な国司とは別に、
当初は
江戸時代になると武家官位は江戸幕府の管理下で大名統制に使用され、朝廷の任命とは完全に分離されました。国司の官職は主に有力大名が名乗り、同じ官職が代々の当主に引き継がれていきました。「
このように中世から近世にかけて、国は従来の律令に基づく地方行政機関としての位置付けから地方を支配するための管轄単位としての位置付けに変わっていきました。ただし1つの国が1つの政治体制下に一円支配されることは少なく、多くの場合は1つの国内に複数の政治体制が並立する状態にありました。
古くはすでに説明した公領荘園制に始まり、戦国時代はそれが顕著になり、1つの国内に複数の戦国大名や国人が割拠する状態となりました。江戸時代も一部を除き、引き続き1つの国内に複数の藩領や幕府領が混在し、複数の政治体制が並立する状態が続きました。ここに国は政治体制の管轄単位から完全に分離し、単なる領域を指す地名として存続していきました。
近代以降の旧国
明治以降の国は廃藩置県を経てどのように変わっていったのでしょうか?
廃藩置県と旧国
一方で政治体制としては戊辰戦争後に府藩県三治制として旧幕府領に府県を設置し、各地の藩は従来のまま存置していましたが明治4年(1871年)の
このように明治になって政治体制は幕府や藩から府県に変わりましたが、地名としての旧国は変わらず存続していることになります。廃藩置県で旧国が廃止されたとよく誤解されやすいのですが、廃藩置県はあくまで政治体制としての藩を廃止し県を設置した政策であり、地名としての旧国を廃止したわけではありません。その後も法律で廃止されることもなかったため、旧国は現在も有効なのです。
なお、廃藩置県など都道府県の成り立ちと変遷については次のページをご覧ください。
地名の役割の交代
それなのになぜ旧国が廃止されように誤解されるかというと、都道府県が旧国に代わる地名として定着したことによります。
成立当初の府県は分割併合が多く、政治体制の管轄単位としての意味合いが大きく地名としての意味合いはなかったと言われます。実際に住所を書き表すときは、例えば「東京府
その後、特に戦後になると都道府県が地名として浸透し、旧国は過去の存在となりつつあります。それには次のような要因が考えられます。
- 府県の再編が終了して半世紀経過して府県の領域が固定され、定着した
- 市町村合併で旧国をまたぐ市町村が増えて旧国境が分かりにくくなった
- 行政や経済界(特に戦時中に府県単位で統合した地方銀行や地方新聞など)で都道府県を表に出すようになり国を使うシーンが減った
こうして旧国は住所などを表す地名としての主役を都道府県に譲りました。ただしまったく使われなくなったわけではなく、副次的な役割を担うようになっています。
沖縄に旧国は置かれたのか?
さて、ここまでで登場しなかった沖縄には旧国は置かれなかったのでしょうか?
現在の
なお、一部の資料には琉球王国廃止後も「琉球国」と記載されている例はありますが、他の地域と同列に扱うために便宜的に記載されているものです。
まとめ
ここでは旧国の成り立ちから現在に至るまでの変遷を追い、政治体制の管轄区域としての国から地名としての国への移り変わりを見てきました。
律令制が機能している時代は、国は地方行政機関としての政治体制の管轄区域として機能していました。それが時代を下ると政治体制の機能の低下や政治体制の管轄区域の分離に伴ってその機能を失い、単なる地名としての存在となり現在に至りました。明治以降は廃藩置県によって政治体制が旧国の領域相当の都道府県に代わり、やがてそれが地名化していくとともに国の地名としての役割も徐々に失われていきました。
ただしそのような状態でも旧国は完全に廃止されたものではなく、現在も有効であることがおわかりいただけたのではないでしょうか。
参考・ソース
参考文献
- 齊藤忠光 「日本の国郡区域と新しい広域行政区画の展望」 2014年
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca/52/2/52_2_1/_article/-char/ja/) - 齊藤忠光 『地図とデータでみる都道府県と市町村の成り立ち』 平凡社、2020年
(https://www.heibonsha.co.jp/book/b498585.html) - 篠川賢 『国造―大和政権と地方豪族』 中央公論新社、2021年
(https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/11/102673.html) - 鐘江宏之 『律令制諸国支配の成立と展開』 吉川弘文館、2023年
(https://www.yoshikawa-k.co.jp/book/b617384.html) - 国史大辞典編集委員会編 『国史大辞典』 吉川弘文館、1979/1997年
- 『日本歴史地名大系』 平凡社、1979/2003年
- 角川日本地名大辞典編纂委員会編 『新版 角川日本地名大辞典』 角川学芸出版、2011年
データソース
- 国土交通省 国土数値情報 「行政区域」
(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/index.html) - 総務省 国勢調査 境界データ 「小地域(町丁・字等別)」
(https://www.e-stat.go.jp/gis/statmap-search?type=2) - 農林水産省 「農業集落境界」
(https://www.maff.go.jp/j/tokei/census/shuraku_data/2020/ma/) - 郡地図研究会 「郡地図」
(https://gunmap.booth.pm/items/3053727)